当主
つごもりの夜
すいば113
「紫式部日記」に大晦日の夜の記述がある。
旧暦だったので大晦日は12月30日です。
当時、宮中では追儺の儀(ついな=鬼やらい)が大晦日の夜にあった。
学校では教わらない内容です。
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つごもりの夜 追儺はいと疾く果てぬれば 歯黒めつけなどはかなきつくろひどもすとて
うちとけゐたるに弁の内侍来て物語りして臥したまへり
内匠の蔵人は長押の下にゐてあてきが縫ふ物の重ねひねり教へなどつくづくとしゐたるに
御前のかたにいみじくののしる
内侍起こせどとみにも起きず
大晦日の夜、追儺(ついな、大晦日の宮中の年中行事で鬼払いの儀式)の行事はとても
早く終わってしまったので、お歯黒を付けたりなどして、ちょっとしたお化粧などもしようとして、くつろいでいたところに、弁の内侍の君がやって来て、世間話をしてそのまま眠ってしまった。内匠(たくみ)の蔵人は長押の下座の方に座っていて、あてきが縫い物の、重ねやひねりを教えたりなどして、しんみりとしていたところに、中宮様の方でひどく大声を立てている。弁の内侍を起こしたが、すぐにも起きない。
人の泣き騒ぐ音の聞こゆるに いとゆゆしくものおぼえず
火かと思へど、さにはあらず
内匠の君いざいざと先におし立てて
ともかうも宮下におはします
まづ参りて見たてまつらむ
と内侍をあららかにつきおどろかして三人ふるふふるふ足も空にて参りたれば
裸なる人ぞ二人ゐたる
靫負 小兵部なりけり かくなりけりと見るにいよいよむくつけし

女房の泣き騒ぐ声が聞こえるので、たいそう気味が悪く、どうしてよいか分からない。
火事かと思ったが、そうではない。
「内匠の君、さあ、さあ」と前に押し立てて
「ともかくも中宮様は下の部屋にいらっしゃいます。まずは参上して拝顔致しましょう」
と、弁の内侍を手荒につき起こして、三人で震えながら、足も地につかない有様で参上したところ、裸になった女房が二人うずくまっていた。
靫負(ゆげい)の君と小兵部の君であった。あの騒ぎはこういうことであったのだと分かると、ますます気味が悪い。
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当時の装束は仮絵羽のように縫い目が粗く解くとすぐ反物になりました。
それはお金と同等なので、つまり悪霊退散の儀式後に盗人に入られたという滑稽譚です。
最後に式部は
朔日(ついたち)の装束は盗らざりければ さりげもなくてあれど
裸姿は忘られず 恐ろしきものから をかしうとも言はず
元日用の装束は盗っていかなかったので、何事もなかったようにしているものの、裸姿は忘れられず、恐ろしくあるが、滑稽だったと言うこともできない。
笑ってはいけません。
でも、鬼払いをした後に、窃盗に入られたのですから、皮肉なものです。
画像はロダンのデッサンです。