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壬生狂言〜節分

すいば 81


旧暦の大晦日である節分。


節分とは、季節を分けるという意味で、

立春・立夏・立秋・立冬の年4回あったのが現在は2月3日だけが残ったものです。

立春を年の始めと考えていたからです。


鬼とは、『隠(おぬ)』という言葉が由来と考えられています。

「姿が無く、この世の物ではない」

目に見えない空恐ろしい『邪気』を追い払うという考えが、邪気を鬼のイメージにしていき、人に災いをもたらすシンボルを鬼と考えられるようになっていったようです。



京には御所の四方の鬼門を護る四つの寺社があり、これをお詣りすることを「 四方詣り(よもまいり)」と言い、千年も前から伝わる行事です。


節分の夜、邪気(鬼)はまず、北東の表鬼門にあたる「吉田神社」に現れ、吉田神社を追われ、次に南東の「八坂神社」、南西の裏鬼門「壬生寺」、そして最後に北西の「北野天満宮」まで逃げてきて、北野天満宮の福部社の中に閉じ込められるそうです。

邪気を払い福を招く「四方詣り」をして、新年を迎えてみては如何でしょう。




今年は壬生狂言をご紹介しましょう。


壬生寺は、四条通から人が大勢いるので壬生寺通を知らなくてもすぐに判ります。

嵐電の踏切を、も少し下がります。露天商がたくさん出ています。

京福電鉄も市バスも係員を出しています。



「壬生」と書いて「みぶ」と読みますが、「太秦」同様に読める人が多いのは新選組ゆかりの地だからでしょうか。 壬生寺は想像より大きなお寺でした。


参道には素焼きの炮烙(ほうらく)の奉納受付が数カ所あります。ここ独特です。



聖護院山伏衆の護摩木焚きの時間と重なり、入替え制の狂言を待つ行列に、煙と灰をモロに被りました。御利益かもしれませんが。。



壬生寺の節分会は、白河天皇の発願と伝わり、900年余の伝統を持つ。


700年前の鎌倉時代、円覚上人が創始された「壬生狂言」は、正しくは「壬生大念佛狂言」と言い「壬生さんのカンデンデン」という愛称と共に古来から親しまれてきました。


鉦・太鼓・笛の囃子に合わせ、演者は総て面をつけ、「せりふ」のない無言で演じられる形は今も変わらず、娯楽的な演目に勧善懲悪、因果応報の理を教える宗教劇としての性格を今日まで残しています。

壬生狂言は春・秋・節分の年3回ありますが、節分の時のみ無料です。


重要文化財の狂言堂で、重要無形民俗文化財の壬生狂言のうち教訓的な筋書きをユーモラスに演じる厄除け鬼払いの狂言「節分」が、2月2日・3日に、1日8回上演されます。

大勢の人に仏教の教えを説こうと考え出された分かりやすい無言劇は小さな子供にとっても理解しやすく、節分を楽しくさせてくれますね。


「節分」終演の拍手の後、舞台に撒かれた豆を掃除する役割は次代を担う子供さん達。

その姿に笑いと拍手がまた起こりました。



四方詣りの人のため、四条の横断歩道にはこんな案内も。











子供の頃から、こういった伝統行事は大事にしていたいですね。


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