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保津川下り

すいば102


連日の猛暑

保津川下りに行きました。


トロッコ列車のオープンカーから見える舟は陽除けの屋根付きでした。



もう昼前です。

向こう岸の左のクレーン車横には舟が干してあります。

全長16キロの舟旅です。

乗客は全員日本人、昨年と違い舟は小振り。浅瀬の多い保津川では船底の平らな高瀬舟。

船頭さんは3人。艏(「みよし」船首)に竹棹で浅瀬の底や迫りくる岩を突き放したりする棹さし。そして漕ぎ手。船尾に舵取り。

水嵩の特に多いときや向かい風の強い日には漕ぎ手は二層になり、舵取りも2人となり最大6人もあるそうです。

この日は8月9日で日曜でしたが、月初めは豪雨の影響で運行休止、6日に再開したばかりですが、今度は猛暑で前日よりも水嵩が7cmも低くなってるようでした。

水嵩の多い日は50分ほどで嵐山に着くそうで連なる波が舟全体にかぶるようですが、この日は1時間45分の予定でした。

この辺りは螢の多く飛ぶところや亀やスッポンの多いところです。



船頭さんは3つのパートを持ち回りします。だから途中で2度の交代があります。



軽快な話術やパフォーマンスで絶え間なく亀岡から京都までの道先案内をしてくれますが、棹挿しの妙技など見事です。

船頭さんは見習いの6年間は棹挿しばかりさせられるそうです。

両端がトンネルに挟まれやむなく鉄橋につけた保津峡駅。

昔は飯盒水産をしたところでしたが今やバーベキュー。

左手から合流するのは清滝川。水温が低いそうです。

保津川はクネクネ蛇行しているので橋を6つも潜ります。


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船頭は至極冷淡である。

松を抱く巌(いわお)の、落ちんとして、落ちざるを、苦にせぬ様に、櫂を動かし来り、棹を操り去る。

通る瀬は様々に廻る。廻る毎に新たなる山は当面に躍り出す。

石山、松山、雑木山と数うる遑(いとま)を行客に許さざる疾き流れは、船を駆って又奔湍(ほんたん)に躍り込む。

 『虞美人草』より


虞美人草』は、夏目漱石小説

1907年朝日新聞に連載され、漱石が職業作家として執筆した第1作で、一字一句にまで腐心して書いたという。同年、保津川下りを体験し、その体験を『虞美人草』という作品に描写したものです。


漱石が教職を辞し作家として新たな船出をした時、保津川下りも荷船から遊船へと大きく転換したという奇遇な縁を感じ、処女作虞美人草』に保津川下りを取り上げたようです。


遊船になったばかりの当時の保津川下りはお客に慣れていなかったのか、現代の楽しい川下りとは随分と趣が違っていますね。


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嵐山という山が見えたらおしまいです。



この黄色いボートは向こう岸に渡るためにあり無料だそうです。

青いボートは有料です。

今年から幼稚園の年少さんには水位が7cmの意味が理解できなかったようで「これくらい?」と見せた3cmほどの幅を修正。

嵐山は人が少ないといっても、昔はこれで人が多いと言ってた人数はいましたよ。


嵐電(らんでん)嵐山駅から帷子の辻で乗換えて白梅町まで戻ります。





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