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大文字 小文字

すいば103


今年は初めて船岡山から大文字を見た。

ここの賑わいは我が家にも声が届くほどなので、一度は登ってみようと思っていた。

近くにありながら半世紀ほど登ったこともなかったので、鞍馬口から登ったのに暗い夜道、懐中電灯も持たず辿り着いたのは結局建勲神社の本殿であった。

いつもなら15分おきに次から次へと五山を順に点灯するのが今年は5分おきだとか居合わせた人に教えてもらいながら待った。

左の高い山が比叡山、右が如意ヶ嶽。


なんとなくは「大」の字に見えますね。


武漢ウィルスは鎮まるところを知らない。


京都の夏の風物詩、お盆に迎えたお精霊(しょらい=先祖の霊)さんを送り出す「大文字の送り火」が、今年は火床を大幅に減らし、文字が浮かび上がらず点になった。

点火する保存会員らの密集を避けるとともに一定数の見物客らの減少も見込み、感染予防を重視し、願い事などを書いた護摩木を燃やす火床の数を大幅に減らした。


表題は大文字の送り火が小規模になったという駄洒落です。


 

先月の祇園祭はよう知恵を絞って考えやはりましたなぁ。。。

祇園の神さんをなんとかして川を渡ってもらわなあかんと。



今夜の大文字はどないどしたやろ。

密を避けるために五山の火は1ヶ所から6ヶ所までに縮小すると。

密を避けるって見送る人の密どっしゃろか。

点になるにしろ灯るのはおんなじことどっしゃろ。

火ぃが小ぃそなったら見送る人が減るのおっしゃろか。

なんともけったいな結論な気ぃがするのおすけどな。。。



8月8日午後11時くらいから12時くらいまで点灯するという事件がありました。


「大」の文字がおそらくLEDと思われる灯で浮かび上がったのです。


最近は家に仏壇も無いお家が多いので、送り火も単なるイベントとしか捉えてない人も多いでしょうから、ちょっとしたイタズラ心で盛り上がって集まった人の仕業かと思いますが、この如意ヶ岳も含め五山の送り火の山は総て私有地です。

この如意ヶ岳は大文字の当日以外は自由に登れる山ですが、こういうことが起きると入山禁止にならないか心配でした。






12日に銀閣寺側に貼り紙が出ました。

「点火当日までの期間、夕刻より翌朝まで」の入山禁止で済みました。


犯人の情報が一切聞こえてこないのは、想像を遥かに超える反応だったからでしょうか。


この種の事件は擁護の意見も多々出る。

「どうせこの行事にも大金が動いてる金儲け」だとか「LEDの方がいいし、将来はそうなるかも」だとか。。。。。


街角のイルミネーションと同じだと思ってる人がいるようです。


言うのは勝手です。

が、この行為は犯罪です。




「伝統」とか「宗教行事」と言うと、「古臭い」イベントだという荒っぱい意見が出ます。長の年月、継承され練り上げられてきた事象を「古臭い」と一瞬の思いつきで吐き捨てていいものでしょうか。

発言者のアイディアは継承されてきたものより勝るのでしょうか。

歴史ある京都には数多の「伝統」があります。

どの伝統も、催事の要素があるかも知れませんし、集う人にはイベントとのみ認識している人も多いかも知れません。


「大文字の送り火」に関して言うと、あれは人々の願いの書かれた護摩木を焚いて、その灯りでお精霊さんを冥府にお送りする宗教行事です。

焚く炎は天の口へ贈るものであり、天の口は仏様の智慧の象徴であり、その口から供物として護摩木を焚いた煙が天まで届き天は食を頂くことができ、代わりに人に福を与えて下さるとされているのです。

そのことも知らないでイルミネーションと軽く勘違いして勝手なことを言うのはお笑い草でしかありませんが、長年、積み重ねられてきた神聖な努力を茶化す輩は許せません。


#大文字 #船岡山 #お精霊さん #送り火 #護摩木