• 当主

冷泉家

すいば86


「奇遇」、思いもかけぬ出会いです。


今朝、用事で今出川通を東に歩いていると、通勤の人らしき数人のマスクとすれ違った。

人通りは少なく、しかも皆コロナマスク。

御所の向かいに見頃の桜が美しかった。


冷泉さんのお邸(やしき)だった。


懐かしい思いでしばらく花見させて頂いた。植木屋さんが入っていた。


今となっては遠い昔、「冷泉家」の図録が欲しかったことがあった。

無性に手に入れたくなるのが人情。

見つけた「財団法人冷泉家時雨亭文庫」。


〜どうすれば手に入るか尋ねてみよ〜

電話したら、手元に若干あるとのこと。  で早速、伺いますと伝えると、


ー場所は知ったはる?

ーはい。今出川通の同志社の、

 たぶん西の方の何処かの門 と答えると


ー工事中で入り口が分かりにくいけど、

 黄色と黒の斜めの線の上半分が網に

 なったところから入ってきて。

 インターフォンも無いので

 勝手に入ってきて。 と仰るので 

ーわかりました と答えて出向いた。




出町の地下駐車場に車を停め歩くうちに、かえって工事のガードフェンスが目印になって簡単に見つけ出せた。


工事中なので本来のご立派な門も無い。


電話は気楽でも、目前まで辿り着くと俄かに腹具合が・・・・・・極度の緊張。




かつて京都御苑一帯には築地塀を連ねた公家屋敷がありました。

豊臣秀吉の都市政策で、公家屋敷を御苑周辺に集中させたのです。

藤原定家の孫・為相(ためすけ)を祖とし「和歌の家」として 800年の歴史を持つ冷泉家が御所周りに居を構えたのは1609 年 。

東京遷都で公家は東京に移り住んでも、冷泉家は留守番役として京に残った。

邸(やしき)はほぼ完全な姿で保存されており、近世公家住宅の唯一の遺構です。


とりあえず入って左に向かうとのことで左を見ると不思議な広い空間があった。

綺麗に掃かれた柔らかな土の所々に20cm角ほどだったか礎石が1m間隔ほどに埋まっていて、一瞬たじろぎました。

時間の流れを超越した空間に固まった。


掃き清められた土を踏めば靴跡が残る。


そうや!礎石を軽業のようにピョンピョンって飛び渡ればええんや!

いや、待て!

この歴史ある邸の礎石を邸が居座る前に、私ごときが踏んでいいんだろか?

困ったぁ・・・




ーどちらはんどす?


不意に声がした。



声の主を探すと、邸の骨組みが奥に押し遣られていて、その屋根の上で黙々と作業しているただ一人の宮大工がいた。


物音もなく存在自体気づかなかった。


用件を説明しても、案の定、家人でもない人だから返しは無かった。


敷地に入り込んだまま身動きしない私をきっと不審者と思ったのでしょう。






我に帰りよく見ると、土塀の内側に石造りの溝が通っているではないか。


そこをつたって西奥へと進んでみた。










聞いていた通りプレハブが建っていた。





ーこんにちは〜


ーは〜い 

奥から50代くらいのショートにパーマの金縁メガネにエプロン姿のおばさんだ。


先ほどの電話の件を伝えているうちに、あ〜はいはいと図録を用意して、

ー持って帰らはるのに袋があったほうが ええね?

ー領収書、頂けます?

ーお名前、どうしときましょ?

ー「上様」でよろしいわ。

図録はほぼ完売直前みたいな説明を聞き、受け取る。


人の良さ気なおばさんだったので、

ー建物を奥にどかして(別の場所に移す)

 修復したはるんですね。


ー元々は御所のすぐ外にあった家を、

 戦時中今出川を広げるために皆で家の

 柱に縄掛けて「せ〜の」で引っ張って

 ここまで移動させはったんよ。

 それでガタガタになってしもて。。


ーあぁ、そらそうなりますわな。。。。

 で、何か出てきましたか?


ーううん、お金も何にも出てきいひん。


苦笑してしまいました。

ー違いますがな。古い瓦とか、遺物とか。


ーなんにも。。。。


おっきな声で「お金も何にも」なんてよう言うわ。奥の奥様に聞こえてるのに・・


とにかく図録を持ち帰った。

一仕事し終えた感でほっこりしました。



図録の中のある屏風に関心を惹かれた。


為頼筆と説明されている屏風に書かれた和歌です。


読めないんですよ。


仮名というのは漢字の音だけを生かして崩した物だとは誰もが知っています。


ところが同じ音の仮名になる漢字はいくつか候補があるのですが、まるで読めません。



そこで再び電話してみました。


ーあの〜、屏風に書かれた和歌が知り

 たくて、読もうとしたのですが一般的

 に崩す漢字とこの屏風に使われている

 仮名の元の漢字が違うようで読めない

 ので、どの歌集にある誰のどの歌か

 教えて頂けると嬉しいんですけど。。。


ーえっ?読めますよぉ。

ーいえ、読めませんよぉ。


ー読めますよぉ、、、、、

 どの歌が読めへんの?

ーえっとぉ、、、、

 右下の水色の扇子に書かれた歌は?

ーあっ、、、これは、、、、

 読めへんね。。。


ー崩し字の元の字が特殊で。。。

ーそんなことないと思うけど、、、

 そしたら、住所を教えて貰ったら

 送ってあげるけど・・・

ーえ〜〜〜〜〜?!ええんですか?

 お手数かけます。

 よろしくお願いいたします。



??????????????????

もしかして、あのおばちゃんって誰?


げっ、もしかして、この人?






今、振り返ると、よう厚かましくも電話したなと怖くなってしまいます。


私の想像するお公家さんは、薄暗い奥行きのあるお邸の奥から地味な友禅の和服で帯の箔が表の明かりの照り返しで光っており、裾には紫の霞をたなびかせてご登場あそばし、声は大きくないのに滑舌良く、とても早口で威圧感のある人。


だって、私の記憶の冷泉様は、TVニュースで数秒観る十二単姿ですからぁ。

金縁眼鏡もエプロン姿でもなかったし。

時に公家言葉なんか出ると思ってたし。


知らないほど強いものはない。



早々に便箋に手書きで屏風の和歌の現代字と読み手、出典を書いたものが届いた。

お伺いした時もう一人おられたお若い男性の方だと思った。

宮中と庶民の使う仮名は元の漢字が別。


屏風の面は「扇(せん)」と呼びます。

扇は向かって右側から左に向かい、第一扇、第二扇と数えます。

折れ曲がりの数により「二曲(きょく)」「四曲」「六曲」などと数えます。



上図の中央寄り第一扇の最上部にある紅い地紙に緑の骨の扇を例に。

こんな風でした。


【翻字】

それなからむかしにもあらぬ秋□□

 □□□□□□□□□□□□□□

【校訂】

それながら、昔にもあらぬ秋風に

 いとゞながめをしづのをだまき

【勅撰和歌集名・読み人】

新古今和歌集 巻第四 秋歌上

式子内親王

※「倭布(しず)」とは古来より最高とされる日本製の裂地(きれじ)で、「苧環(おだまき)とは緯糸を輪状にぐるぐる繰り返し巻き上げたもの。


扇の絵と歌とは何の関係も無かった。


この調子で総ての和歌を書いてよこして下さいました。

感無量でした。


 


750坪ある冷泉家の解体修理工事は平成6年に始まり平成12年末に終わった。


完成後の一般公開に再び訪れました。













冷泉様はこの遺構で生活されておらず、敷地内の別棟で生活されているようです。


今となっては遠い昔のお話です。

#藤原定家 #冷泉家 #時雨亭文庫 #屏風 #式子内親王 #桜 #京ことば