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水無月

すいば58

6月は水の無い月と書いて水無月。

「無」は神無月と同様「の」の意味になる連体助詞「な」で「水の月」の意味です。

6月30日は、夏越祓(なごしのはらえ)をする禊の日。

半年間の身の汚れを祓い、来たる半年の清浄を祈念します。

京都ではこの日「水無月」というものを食べます。


実際には5月から店頭に並んでいます。


宮中の人々は氷室から氷を取り寄せ、氷を口にして暑気払いをしました。

一般大衆には夏に貴重な氷は得られなかったため、麦粉を練って氷片になぞらえて食べたのが水無月です。

三角形の形は氷室の氷片を表したもので、上の小豆は悪魔払いの意味を表していると言われています。

夏の酷暑を乗り切り、無病息災を祈願するお菓子です。

この水無月、他の地域に行くと無いのに京都人は驚きます。


「水無月」は、京都府菓子工業組合の登録商標らしいのです。

だから地方で売れないというのが真相のようです。




実は行列のできる餅屋として有名な「出町ふたば」に「水無月」を買いに行きました。


相変わらずの行列です。

ここで、ふと目にした説明書き。


衣笠山西麓に「氷室」が残っていると書いてあります。


実は幼少の頃、西大路より西は畑しかありませんでした。

子供達には必ずリーダー的な小学5〜6年生の男の子がおりまして、いろんなところに連れてってくれました。

左大文字山も当時は簡単に登れたし、近所の(駄)菓子屋でスルメを買って割り箸に縫い糸で吊るして、子供の背より高いトマトの棚の間を縫って金閣寺の裏の壊れた土塀を横目で見ながら、焼き場(斎場)の方角へ進むと目指す溜池「氷室」がありました。

子供達は皆で海老ガニ(ザリガニ)を釣りに行っていたのです。


金閣寺の裏は土塀が壊れていて誰でも侵入できるほどでした。

それでも当時は侵入した人がいたという話は聞いたこともありません。

当時、金閣寺は8月16日だけは一般に無料開放で近隣の人は皆、拝観していましたからw


ふたばさんの説明書きを見て、幼い頃の記憶が蘇りました。


「今なお残っています」

ならば行ってみよっかと、水無月と一緒に買った名代・豆餅を食べながら。


今朝、氷室に向かいました。

西大路鞍馬口を2筋下がると「氷室通」と標識がありました。


西の原谷方向に向かい金閣寺の裏塀を少し北へ進むとありました。

金閣寺も村上住職の頃は拝観料50円でしたが、もう10倍ですから土塀は綺麗でしたね。












ありました!

私の「すいば・氷室」は、金閣小学校の第二グランドとして埋め立てられていました。

道路の向かいが金閣寺の土塀です。


延喜式にも記載されている「山城国愛宕郡 石前氷室(いわさき)」 (京都府京都市北区衣笠氷室町)はここでした。

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