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地蔵盆

すいば37


 鉦を鳴らし町内を練り歩くと地蔵盆の幕開きです。

町内会長を仰せつかりました。

18日は町内の初行事・地蔵盆でした。

30軒しかない小さな町内も独居老人もお亡くなりになり27軒の世帯数に落ち込んでの船出ですが、私の子供の頃の賑わいを取り戻せないかと思います。

 よく他府県の方に京都のどの道にも必ずお寺があるというのは本当か?と尋ねられます。

本当だと思います。

が、意外に知られていないのが、もっと数あるお地蔵さんだと思います。

明治初期の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の動きに伴い、市内でも多くのお地蔵さんが撤去されたそうですが、明治中期以降に土中から掘り起こされ、「地蔵盆」は復活したのです。

 町内会長は二度目で前回は5年前。

それまで我が町内の地蔵盆は毎年8月15日に催していたものを、夏休みの旅行や里帰りで主役の子達が不在になるというので毎年日程を変えようということになった第一回目でした。

子供会は中学生までですが、外孫さんの参加を入れ20人程になりました。

折しも「京都をつなぐ無形文化遺産」第3弾として「京の地蔵盆」が認定された年にも当たり変化を厭う老人もいる中、格好の追い風になりました。その時上京区役所内にあるカミングという上京区を取材して回るところから「子ども達の幸せを祈って~ 京都の伝統的な地蔵盆をたずねて訪ねて 」というテーマで取材を受けました。

子どもと子供

    子供と大人

       大人と大人

 地蔵信仰という宗教的な性格を持ちながら,町内安全や子どもの健全育成を願う町内の行事「地蔵盆」は地域コミュニティの活性化に重要な役割を果たしてきました。

「地蔵盆」は子どもたちにとって夏休みの最後を飾る行事となり、お地蔵さんを飾り付け、お供えをして祀り、その前で子供たちが集まり遊ぶというスタイルが一般的となりました。

また、子供だけでなく大人も積極的に参加することで幅広い世代の交流の場となり、さらに「地蔵盆」の開催に向け町内の住民が力を合わせ話し合いながら準備することは、町内の連携や協力体制を強めることとなりました。

町内の住民同士が顔を合わせ、子供を見守りながら世代を越えて交流を図る機会となっている「地蔵盆」は、近年において新しく住民となった方がその町内の住民の方々と交流できる貴重な場としても機能し地域コミュニティの活性化、そして安心安全のまちづくりに大いに役立っているのです。


 今年は朝7時にテント搬入でした。眠いけどしょうがないw


そして8時に町内会の皆さまの手伝いで設(しつらい)の開始です。



男性は祭壇の設置や竹に幡や提灯を下げ、女性は金具や塗り物を拭きお供え物も用意します。

設が整ったら各家々からの「お供え」受付です。

地蔵盆は他の行事が町費で賄うのとは別に「お供え」で成り立っています。


10時にお寺さんに来て頂きました。

表裏千家の向かいの堀川通まである大きなお寺・本法寺さんから来て頂いております。

「百万遍数珠回し」です。

大数珠の房が廻って来たら「まんまんちゃんアン」ですw



お礼は「御布施」と書きます。

お駄賃として「子どものおやつ」を配ります。

11時からはゲームです。「風船ダーツ」というものを初めて試みました。


ゲームの景品は「トイザらス 」です。

午後からは「スイカ割り」です。

5年前幼稚園児だった子ももう小学5年生。綺麗に真っ二つに割れました。

割れたスイカは5年前から「スイカ氷」にして頂きます。

今年のスイカはあま〜い^^


早々と3時に「家庭用おやつ」とお地蔵様の「お下がり」を配り後片付けしました。



が、


まだまだこれだけでは終わりません。

最低軒数で最高の賑わいを再現したいと「シェフと一緒に作る100人パエリア」を企画。


1m20cmの大鍋でパエリア100人前を作ります。






足りないと困るので、ガーリックトーストを別にこしらえました。


夜の食事会は6時開宴なのですが、パエリアを手伝おうと多くの方々が集っていました。
















「千本吊り」は家庭用福引です。特等はティファールの瞬間湯沸かしケトル2本です。



お陰様で朝から夜9時半頃まで人の絶えない地蔵盆になりました。

夜の宴は総勢57人の記録を打ち立てることに成功しました。

娯楽の少なかった昔は地蔵盆が娯楽で自然に人が集ったものでしたが、現代では何か仕掛けを考えないと人は集まらなくなったことは現実です。



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