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碓氷製糸


お絹のお話 4

碓氷製糸

京都からすれば群馬県安中市という地は全く想像もできない遠い地です。

JRの駅を降り、ここがあの有名な「峠の釜飯」の駅だと知りました。

今回の見学は碓氷製糸さんのご案内によるものでした。

お昼には、その釜飯を戴きました。


養蚕農家から集まった繭はここに集まり「選繭」という作業にかかります。


「選繭(せんけん)」とはコンベア式のライトテーブルで行われます。

繭の不良品にはさまざまなパターンがあり大きくわけて、

(a) 繭糸がすぐ切れてしまう繭

(b) 繭糸がまとめて巻き上がってしまう繭

(c) 汚れている繭

です。

(a)は繭の外観に異常があるもの。玉繭といって2頭のカイコが中に入った繭。

(b)は繭層が軟らかく透けている繭。

(c) のパターンは他の汚れが繭層の表面に付いた「外部汚染繭」と、外観は普通だが内部でカイコが溶けて内面に付着した「内部汚染繭」があり、ライトテーブルがないと見つけにくいし、農家からの出荷した後に輸送等の振動でカイコの死体が崩れて汚染が顕在化する場合もあり、どうしても発見が遅れがちになります。

汚れた繭が混入すると生糸の白さが損なわれるため、ここで厳しくチェックしなければならない。

そのほか、繭の表面のシワが極度に不均一だったり、繭の上下が薄いというような、農家ではなかなか気がつかない不良繭の基準も製糸の現場にはある。選繭が終わった繭はふたたびコンベアに載せられて、繰糸場へと送られていくのです。

 余談ですが、私の若い頃に角川映画が森村誠一の「人間の証明」が映画化されました。

小説にも映画にも西条八十の詩が登場します。

ぼくの帽子  西条八十

母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね? ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、 谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。

母さん、あれは好きな帽子でしたよ、 僕はあのときずいぶんくやしかった、 だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、 紺の脚絆に手甲をした。 そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。 けれど、とうとう駄目だった、 なにしろ深い谷で、それに草が 背たけぐらい伸びていたんですもの。

母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう? そのとき傍らに咲いていた車百合の花は もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、 秋には、灰色の霧があの丘をこめ、 あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。

母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、 あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、 昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、 その裏に僕が書いた Y.S という頭文字を 埋めるように、静かに、寂しく。

碓氷峠から霧積までの山道はどうも映画の広々見渡せる雰囲気でないと思ったら、山梨県でロケしたそうでした。


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