• 当主

春の幕開き

すいば23


 開幕ベルが鳴り舞台幕と両側桟敷の幕が上がる。

桟敷上手には黒紋付の地方(じかた)、下手の桟敷には舞妓が並ぶ。

だが正面舞台には誰もいない。


♪みやこをどりは~♪ 黒紋付の地方の一人がきれいな声を張り上げる ♫よ~いやサ~♫ 立方(たちかた)であるはずの黄色い可愛い声がいくつも重なり合う が姿が見えない。 お囃子が始まると舞台の両花道から舞妓が列をなして舞いながら中央舞台にゆっくり向かって進む。


久々に今日の春の日和の中、出かけました。 しかも念願の桟敷ですよ!


ゆったり三人っきり。 他の桟敷は気の毒に鮨詰め状態で、詰め込まれた人は直立でご覧になってました。

なんでも二階下手のこの桟敷、都をどりの制作に関わるおっしょはん(お師匠さま)が舞台を確認される場所とかで、生意気にも着物姿のわたくし目は関係者の眼差しが集中して晴れがましいことこの上なし(●>艸<)照れるナ♪

 普段、芸妓は島田の鬘(かづら)ですが、都をどり期間は地毛で髪を結ってる。

都をどりが終わるとショートヘアにする人もいるようだけど、をどりが近づいてくると伸ばし始めるそうだ。

舞台の囃子の芸妓も皆、地毛で結っているので要注意なのである。

 お茶席では芸妓はんの髪もしっかり見なくては!


なお、この菓子皿は持ち帰ってもいいことになっている。

我が家も色違いの団子模様の皿をコレクションしていたりもする(*▼▽▼*)



都をどりは、明治五年に始まり八十年にわたり伝統を伝えてきたが、戦争でやむなく休演。

戦後の復興と共に都をどり再開の声が高まり、七年ぶりに再び往年の艶姿を現すこととなる。脚本・作詞は歌人の吉井勇、振付は三世・井上八千代などといった豪華な顔ぶれで仕上がったそうだ。 脚本まで担当した歌人、劇作家として知られる吉井勇という人は、今でも京都で知らない人がいないほどの有名人で、1886年(明治十九年)に東京芝区に生まれる。伯爵家の出ながら放蕩の生活を好み、北原白秋、石川啄木らと親交を結ぶ。明治四十三年処女歌集「酒ほがひ」で歌壇にその地位を築いた。京都を愛し、1938年(昭和十三年)から1960年(昭和三十五年)に亡くなるまで京都で暮らしていた。

かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる  勇


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