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京の敷居

すいば18

「しきたり」や「作法」と聞くだけで引く人も多い。 でもそれは、人と人とが暮らしていくための潤滑油の役目があるのです。 京都のお付き合いは、べったりとしたものではなく、自分を少し引いたところで相手を立てるところが他所とは異なるのです。  親しくなっても、奥座敷まで上がりこむということが京都にはない。  自分の領域をきっちりと守りながらお付き合いしているのです。 



京都人の『お付き合いは敷居の上』 敷居の中に入れば厚かましくなり、外に出ていると水くさい人になる。 (例えだから本当は敷居を踏んではいけません) 入るでもなし、出るでもないといったところがよく、これが京風であり世界に誇る「都」の感性だと思います。 また、京都は秀吉の時代、家の間口(幅)で税を徴収したので俗にいう「うなぎの寝床」形式の間取りで、表座敷を陣取られると職人であろうが商家であろうが仕事ができなくなるのを心得ているべきなのです。 長い間ので研ぎすまされた感性。 だから京都には風習・風俗・民族といった言葉が当てはまらない。

他家を訪問する場合、前記はちょっとした用事のとき、 別に座敷に通される重要な用事もあるわけです。

「京のお茶漬け」をご存知でしょ?


 京言葉では「お茶」のことを「おぶ」と言い「お茶漬け」を「ぶぶ漬け」とも言います。

もう既に料理をお出ししているような大切なお客様が、「そろそろ失礼します」と言うと、

「ぶぶ漬けなと食べていっとくりゃす」

と家人から言われ、そのまま食べて帰ったら「図々しい」などと陰口をたたく京都人を皮肉る表現として誤解される最たるものです。

「京の茶漬け」は江戸時代からある上方落語があらぬ方向に一人歩きしたようです。 本当の意味は私はあなたとまだお話していたいという意味でありそれほど楽しい時を過ごせて良かったという親愛の情を表現した言葉なのです。  「失礼します」に対して「そうですか」

ではあまりにも味気ないし、如何にも早く帰ってほしいと願っていたように取られては大変だと考えるのです。 せっかくの和やかな雰囲気を断ち切らないように余韻を持ってお別れするためのもので、お客様を不愉快な気持ちにさせずお帰りいただくための心温まる言葉なのです。 この気配りが「そろそろ時間ですからお帰り下さい」という時に、京都人が使用する言葉だと誤解されてしまっているようです。 家人がそう言って本当にお茶漬けを準備されていることもあり、そのお茶漬けを有難く頂いて帰るのがお作法の場合もあるのです。  心にもないことを平気で言う京都人の「いやらしさ」「いけず」「二面性」など悪いイメージを誇張する格好の材料かもしれませんが、実際はこの言葉は京都人の奥床しさの代名詞だと思います。

世に転居通知というものがある。 必ず「お近くにお越しの際は是非一度お立ち寄り下さい」と記されている。  いくら文面がそうでも、近くに来たからといって訪問はしないでしょう。  社交辞令的なものが全ていけないとは思えません。

京都は美しい・・・

・・・・そして 京都人は わからない 最後にこれは、あくまで「家」と「家」のお付合いのお話で、「家霊(いえだま)」という概念のある話です。 現代では住宅事情も変わっていってるし、友達は別ですよ。




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