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光琳かるた

すいば125


平安末期から鎌倉初期にかけ活動した公家・藤原定家の選んだ秀歌撰で、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの百人の歌人の和歌を一首ずつ選び、年代順に色紙にしたためたものを「百人一首」といいます。

成立年代は13世紀前半と推定されます。

「小倉百人一首」の呼称は、定家が小倉山で編纂したという由来から世に定着した通称。


かるた遊びは、貝覆いという古来からの遊戯に源を発します。蛤の貝殻を左右別々にして、一対になる貝片を探す遊戯ですが、一対の貝に同じ絵を描いたり、一方の歌の上句、他方に下句を書くことが行われました。やがて南蛮貿易により、かるた(札)がもたらされ、紙札による歌かるたが普及します。ポルトガル語のcartaが語源です。

なかでも約300年前に尾形光琳が、京都の公卿から依頼されて制作した「小倉百人一首」かるたは、伝統の貝覆いを受け継ぎ一方の札には上句と詠み人の肖像を、他方には下句と歌意にあった歌絵を添えています。これは、和歌に対する高度な教養が基礎にあってはじめて描かれるもので、特に下句の札は光琳独特の典雅さを湛えた現存の「百人一首」かるた中、最も美しいかるたと評されます。

天智天皇・順徳院の上句・下句札計4枚の裏面に「法橋光琳」の署名と「澗声」の印があることから、「光琳かるた」と称されます。


正月の床の間に花ぐるまと共に飾りました。



以前、200枚すべてに絵が描かれたこのかるたを袋帯にした際、京都大丸に依頼して作った復刻版「光琳かるた」をお付けして販売したことがあります。


なのに我が家の床の間には何故か初登場。


それにしても「光琳かるた」で坊主めくりとは、なんたる贅沢な遊びでしょうか🤭



今年の正月は雪も舞いましたが、晴天に恵まれましたね。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます🤲


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