桔梗の寺 

すいば98 萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなへし また藤袴 朝貌の花 山上憶良 秋の七草を詠んだ有名な歌が万葉集にある。 この朝貌(あさがお)とは桔梗のことで、日本に自生していた花です。 現代の朝顔は平安時代に中国から渡来したもので、憶良の当時は日本に朝顔は無かった。 東福寺山内、五塔頭の一つ「萬松山 天得院」は桔梗の寺として有名です。 この寺は歴史上有名な事件に巻き込まれたことでも有名です。 慶長19年(1614)清韓長老が住持となり、秀吉・秀頼の学僧として寵遇されました。 清韓は秀頼の請に応じて方広寺の鐘名(しょうめい)を撰文しました。 「国家安康 君臣豊楽」です。 これが、「家康」の名を分断し豊臣家の繁栄を願うものとして家康の怒りを招き、大坂冬の陣・夏の陣の引き金となりました。 住坊の天得院は廃絶、破却される。 現在の堂宇は天明9年(1789)に再建されたものなのです。 京都のお寺って平然とすんごい歴史を持つから仰天しますね。 早速、門を潜ります。 桔梗の紋章です。今年の大河ドラマの明智光秀も桔梗紋を使っていましたね。 通常は非公開のお寺ですが桔梗と紅葉の頃のみ拝観出来ます。 桃山時代に作庭された杉苔に覆われた枯山水の庭に凜と咲く桔梗の青や白の花が美しい。 奥書院でお食事をいただきます。 「桔梗膳」と呼ばれる精進料理です。 献立は、 胡麻豆腐、お和えと利休麩、取肴五種盛り、加薬湯葉のお平、賀茂茄子の揚出し、冬瓜と素麺のお汁、新生姜ご飯、香の物。 #東福寺 #天得院 #国家安康 君臣豊楽 #大坂冬の陣・夏の陣 #豊臣秀頼 #桔梗 #山上憶良 #桔梗膳 #万葉集 #精進

山椒

すいば97 京都の食卓に欠かせないもの・・・ それは山椒です。 春先には葉を使いますね。 掌に乗せて「パン!」って叩きます。 細胞を壊すことにより 芳香を立たせるようです。 ばら寿司の上に乗せてます。 目の前で「パン!」とやられるとびっくりしますけど、楽しいですよね。 次は今月頃、実の青いうちに摘み取ります。 実だけに取り分けるのが一苦労です。母の仕事(*´艸`*) 我が家では塩茹でします。 水を何度か張り替えアク抜きし、好みの辛みになるまで晒し、最後に完全に乾燥させるため水気を拭き取ると保存が効くようになります。1年は保存が効きます。 細かい縮緬じゃこと縮緬山椒、昆布を一緒に煮た塩昆布を我が家では作ります。 皆、大好物です。 そして、粉山椒。京都では麺類、丼物には七味でなく絶対、山椒をかけます。これ京風。 #山椒 #ちりめん山椒 #京の食卓

夏は夜

すいば96 夏は夜 月の頃はさらなり 闇もなほ 螢の多く飛びちがひたる また ただ一つ二つなど ほのかにうち光りて行くもをかし 雨など降るもをかし 枕草子 第一段 夏は、なんと言っても夜がいい。 満月の時期なら尚更。 闇夜もなお素敵、蛍が多く飛びかっているのがいいです。 また、ただひとつふたつなどと、仄かに光りながら螢が飛んでいくのも面白い。 雨など降る夜も趣があります。 京都も武漢ウィルスの新規感染者数は昨日まで22日間連続0。今日1人出てしまいました。 ぼちぼち人も外出し始めています。 来週あたりは梅雨入りでしょうか、今日は湿度の高い曇り空です。 今朝、上賀茂神社を覗いてみました。 境内に、それはそれはきれいな清流が流れ込んでいます。 「本殿」を挟むように、北西側からの「御手洗川(みたらしがわ)」に北東側から「御物忌川(おものいがわ)」が「細殿」の背で合流し「ならの小川」と名を変え境内を下る。 「ならの小川」の由来は、かつてはほとりにその葉で神饌を盛る楢の木が茂っていたためとされます。奈良の都とは関係ありません。 土屋の玉砂利を熊手で綺麗な線を描いている向こうの舞殿すぐ横の橋で神官がならの小川に向かい朝拝されています。無言でしょうか、お声が聞こえませんでした。 御物忌川が山間を流れる川の風情であるのに、ならの小川は水量も多いのに急にたおやかな流れとなり、この時期とても心地よい。 夜8時、もう一度向かいました。 湿気の多い無風、絶好のチャンスです。 螢もたくさん飛び交っていましたが人も多かったです (_ _,)/~~ #枕草子 #上賀茂神社 #御物忌川 #ならの小川 #御手洗

何にもあらしまへんけど

すいば95 京都・・・ なんと蠱惑的な響きを持つ中 我々を惹きつけてやまない この街の魔法の源泉は何か・・・ それは人である エドワード・ヒースロー教授(団時朗)のナレーショは秀逸 2015年1月から2017年5月まで不定期に5作品放送された「京都人の密かな愉しみ」 NHK BSプレミアム。ドラマとドキュメンタリーを織り交ぜて描く手法に仰天した。 京都は美しい・・・ しかし・・・京都人はわからない・・・ これがなんとも蠱惑的なのでしょう。 吉田兼好の徒然草141段を思い出します。 悲田院の尭蓮上人は、ある日、故郷から客が来たので語り合った。 「東びとが口にしたことは信用できるが、京の奴らは口先ばかりで信用ならん」と言う。 尭蓮聖は、「私も長く京に馴染み、理解できるようになりました。 都びとは心優しく情にもろいため頼みを無下に断れずに承諾してしまうのです。嘘をつこうとは微塵も思ってなく、ただ思い通りに万事がうまく運ばないことが多いのです。」 と返した。 何にもあらしまへんけど。 Isn't this wonderful?This feast!(すごいでしょう?このご馳走) 考えときますわ。 I'm afraid not.(お断りします。) ほんによろしなぁ。 That's really not so good,is it.(あんまり良くないね、それ。) ぶぶづけでもどないどす。 Please come home soon.(そろそろ帰ってくれます?) これ、総て正しいです。 でも、心根というものを無視してはいけないでしょう。 気張って用意したご馳走、貴方ならもっと豪勢なお食事なさ

花散里

すいば94 ゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚ 源氏物語 巻十一 花散里 宮中では源氏を追放しようという謀議が進んでいた。 大将である官位を剥奪されるまでに手を打たねばならない源氏に五月雨が行動を阻む。 橘の花も雨に濡れ、京はふんわりとしたその甘い香りに満たされていた。 五月雨のめずらしく晴れた雲間に源氏は麗景殿女御(れいけいでんのにょうご)を訪ねた。 たちばなの 香をなつかしみ ほととぎす 花散る里を たづねてぞ問ふ 橘の花の散る里、この心静かな姉妹の家で花を散らす覚悟を決める源氏。 ゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚*❋⁎❈*゚ 花散る里の物語は、心静かな姉妹により光源氏を美しい姿と心のままで描ききっています。 文字で表現するのは時として壁にぶち当たる時があります。 殊に香りをお伝えするのは至難の技です。 多くの方を癒す柑橘系の香り。 そこで今回は源氏物語の一部を借用してみたわけです。 それにしても現代の発音でも「はなちるさと」とはなんて綺麗な響きでしょう。 平安時代の「は」行の発音はファフィフゥフェフォと言ったそうですが。。。 当時のように一面に漂う香りは水尾で体感したものに似ています。 私どもは、windows98の時代に「左近桜・右近橘」というテーマの帯を製作しました。 夜の6時前です。あるナショナルチェーン(全国規模に店舗を持つ呉服販売業)から「桜と橘の謂われ」を教えてもらえないかと連絡がありました。 今のようにググる時代でもなく、特に橘の謂われの資料を持ち合わせていませんでした。 知恵を絞りました