一の鳥居〜鳥居本

すいば63 愛宕街道の古道を進むと一の鳥居が見えてくる。 鳥居手前を左に折れると柚子の里・水尾 。 鳥居の畔に400年も昔・江戸時代初期に建てられたのが「平野屋」。 「あゆよろし鮎茶屋平野屋」と書かれている鮎司。 一歩敷居を跨ぐと古き良き時代。 大きな人気大寄せも下がっています。 お店の裏には清滝川が流れています。階段で降りることも可能です。 とても暑いので冷たい甘酒と志んこを頼む。氷の入った桜湯も出てきました。 志んこを食べる楊枝もダイナミック。甘酒は裏に自生していたウラジロで掻き混ぜます。 ニッキ・お茶・白の三色の米粉で作られた団子・志んこは、この先の愛宕さんまでのしんどい山道のつづら折りを模したという昔ながらの団子。 竃(かまど)のことを京都では「おくどはん」と呼びます。 壁には愛宕さんの千日詣りの御札が貼られています。 お土産には、もれなくウラジロまで付いてきます v(^∀^*) そうそう 鳥居本(とりいもと)は、もともと「化野(あだしの)」と呼ばれた京の風葬地でした。 風葬とは埋葬しないで野ざらしにしていたのです。近くに化野念仏寺があります。 「鳥居本」の地名の由来は、愛宕神社の参道の一の鳥居から直接来たと思われがちですが、「大文字」こと五山の送り火の「鳥居形」の梺に広がる町並みであることからきています。 今年も7月31日の深夜から8月1日にかけての愛宕さんの「千日詣」が近づいてきましたね。 日をまたぐが、火をまたぐに掛けて火の用心だそうです。 どうしよっかなぁ今年。 #愛宕神社 #一の鳥居 #鳥居本 #千日詣 #大文字 #鳥居形 #平野屋 #化野 #清滝川

みたらし

すいば62 世界遺産・下鴨神社はえらいことになっています。 七月の土用の丑の日の前後、広大な糺(ただす)の森も縁日の屋台が出て進みづらいです。 令和元年の今年は7月19日(金曜)~28日(日曜)まで執り行われる「みたらし祭」です。 神社に溢れる提灯って、これを観るだけでも幻想的で素敵です。 御手洗池(みたらしいけ)に入る特設アプローチもこの日ならでは。 この神池は本当に湧き水を溜めたものです。膝まで浸かると流石にちびたい! ι(˙◁˙ )/ 「足つけ神事」に参加すると、とうとう夏が来たなって気持ちになります。 膝まで浸かるので膝まで捲り上げられる服装でないと非常に困ります。 燈明をお供えし、御神水を戴くと諸病にかからず延命長寿の霊験新たかと云い伝えられています。 無病息災・健脚祈願の足形祈祷木はユニークでちょっと可愛いです。 脚のお守りも授かり、帰りには鳥居のところで「みたらし団子」を。 糺の森のみたらし池に湧き出す水の泡を形取って作られたそう。 みたらし団子発祥の地はここなのです。 団子は一串に5個。人間の身体・五体を表しているそうで、一番先の団子だけ離れて刺してあります。頭を表しているのだそうです。 #世界遺産 #下鴨神社 #みたらし祭 #足つけ神事 #みたらし団子 #御手洗池

屏風祭〜宵山

すいば61 宗達の 屏風ありやと 鉾町を めぐりて歩く 京の宵山 吉井勇の有名な短歌です。 「山鉾巡行」が動く美術館なら、「屏風祭」は静の美術館と言われています。 「屏風祭」は祇園会(ぎおんえ)の公式行事ではなく、それぞれの家で宵飾りといって秘蔵の屏風や書画を飾り、格子を外して、通りに面した部屋を開放して自由に見せてくれます。 祇園祭は京都中の祭でもなく山や鉾町だけの祭であるにも関わらず、毎年、鉾や山が建ち始めると京都市内は大渋滞に見舞われます。 若い頃はうちの祭でもないので「屏風祭」も観るというより眺めて通り過ぎてただけでしたが、今年はふと吉井勇の短歌にある俵屋宗達の屏風を探してみようと思い立ちました。 綾小路(あやのこうじ)の新町(しんまち)西入るにありました! しっかし毎年この時期、雨になるのが困ったものです。 向かって左半分が伯牙山(はくがやま)の会所として使われています。 寛保3年(1743)烏丸四条下ルに呉服商を創業し、明和元年(1764)、現在地に移った。 元治の大火後に再建され、明治3年(1870)4月23日に上棟とのこと。 京呉服を仕入れて千葉を拠点に販売する、いわゆる他国店持京商人として繁栄した屋号「奈良屋」こと「杉本家」に展示されていました。 たくさんある屏風の中でやはり俵屋宗達「秋草図屏風」は見事です。 八曲ですが恐らく高さが1mもない屏風です。薄暗いんです、とっても展示場所。 因みに金屏風は夜に設えるそうです。部屋に明かりを得るためだそうです。 民間人の所有する宗達を観るって凄いことですよね! このお家には蔵が三つもあり大火も免れたそう。 現在も蔵に保