茅の輪

すいば60 6月も終わろうとする金曜日、けんくんさんに電話でお尋ねした。 もう茅(ち)の輪は設置されているのでしょうか? 土曜にはする予定です 午前中でしょうか? 早すぎると壊されてしまうさかい・・・ ほな、午前中にしてしまおうかな (ほんまかいな ( ゚ρ゚ ) ) 今年は今時分に梅雨入り。 日曜は豪雨予報だし。 あ! ありました、土曜日午前中に!! 6月30日の「夏越の祓(なごしのはらえ)」は、今年前半の穢れを清め災厄を払う神事であり、後半も無事に過ごせるようにと祈る行事です。 古来日本では、夏を迎えるこの時期、疫病が流行ることが多かったため、厄払いと無病息災のため、茅の輪くぐりが執り行われるようになったと伝わります。 うちの近所に船岡山があり、東側から長い百段もの石段があります。建勲神社。 地元では「けんくん」さんと呼んでいますが、正式名称は「たけいさお」と言い織田信長公を御祭神にしています。 そして本日30日午後6時、茅輪神事に参加してきました。 1周目:正面でお辞儀、左足で茅の輪をまたぎ、左回りで正面に戻る 思ふ事皆つきねとて麻の葉を きりにきりても祓ひつるかな 2周目:正面でお辞儀、右足で茅の輪をまたぎ、右回りで正面に戻る 水無月の夏越の祓する人は 千年の命のぶと云ふなり 3周目:正面でお辞儀、左足で茅の輪をまたぎ、左回りで正面に戻る 宮川の清き流れに禊せば 祈れる事の叶わぬはなし そしてこの日に水無月を食べます。 #夏越祓 #茅の輪 #建勲神社 #船岡山 #水無月 #京の季節菓子

甘茶

すいば59 二百五十とも三百株とも言われる花が咲き詰めた庭。 布袋さんも花に埋もれていました。 いよいよ今日あたりは梅雨入りかと思っていましたが、薄陽が射していました。 祇園さんも躑躅の前に今年の祇園祭は千百五十年と赤い旗を立てていました。 花見小路は相変わらずアジア人の観光客でいっぱいだし。。。 紫陽花ではないんです。額紫陽花のように見えても「甘茶」の花です。 山アジサイの変種で紫陽花とは全く性質が違うもので、殊に葉がまるで異なるようです。 一般的な茶葉同様、葉を摘み取り蒸して乾かす。 葉を摘む時期は四月の新芽でないといけないそうです。 嗜む際も日常のお茶と全く変わりない。 ところが飲み物としては砂糖水より甘い。 これが甘茶なのです。 実際に味わってみるとほんに甘い。 お茶請けの塩芳軒の櫛形落雁より甘い。 釈迦が誕生した時、龍が口から何かを吐いた。それが甘露。 そして甘露とは甘茶のことだったのです。 「甘露庭」の名の由来です。 庭にちょっと下りてみました。 関守竹で南側にはいけなかったです。 京都最古の禅宗寺院として名高い建仁寺。その塔頭・霊源院。小さなお寺です。 鎌倉時代末期から室町時代にかけ、京都五山と鎌倉五山の禅僧たちによって栄えた漢文学・五山文学の最高峰寺院とされ、この寺院から、室町時代の五山派を代表する学僧が数多く輩出されました。 #甘茶 #塩芳軒 #建仁寺 #京都最古の禅寺 #甘露庭 #関守竹

水無月

すいば58 6月は水の無い月と書いて水無月。 「無」は神無月と同様「の」の意味になる連体助詞「な」で「水の月」の意味です。 6月30日は、夏越祓(なごしのはらえ)をする禊の日。 半年間の身の汚れを祓い、来たる半年の清浄を祈念します。 京都ではこの日「水無月」というものを食べます。 実際には5月から店頭に並んでいます。 宮中の人々は氷室から氷を取り寄せ、氷を口にして暑気払いをしました。 一般大衆には夏に貴重な氷は得られなかったため、麦粉を練って氷片になぞらえて食べたのが水無月です。 三角形の形は氷室の氷片を表したもので、上の小豆は悪魔払いの意味を表していると言われています。 夏の酷暑を乗り切り、無病息災を祈願するお菓子です。 この水無月、他の地域に行くと無いのに京都人は驚きます。 「水無月」は、京都府菓子工業組合の登録商標らしいのです。 だから地方で売れないというのが真相のようです。 実は行列のできる餅屋として有名な「出町ふたば」に「水無月」を買いに行きました。 相変わらずの行列です。 ここで、ふと目にした説明書き。 衣笠山西麓に「氷室」が残っていると書いてあります。 実は幼少の頃、西大路より西は畑しかありませんでした。 子供達には必ずリーダー的な小学5〜6年生の男の子がおりまして、いろんなところに連れてってくれました。 左大文字山も当時は簡単に登れたし、近所の(駄)菓子屋でスルメを買って割り箸に縫い糸で吊るして、子供の背より高いトマトの棚の間を縫って金閣寺の裏の壊れた土塀を横目で見ながら、焼き場(斎場)の方角へ進むと目指す溜池「氷室」がありました。 子供達は皆で海老ガニ(ザリガ