秋降る〜修学院離宮

すいば43 龍が水浴びをするほど広く大らかな浴龍池が目の前に大きく横たわる。 その奥は京の北東、岩倉からさらには比叡(ひえ)のお山を、借景庭園とはかくあるべしという見事さで、延々と続く奥行きを表現している。 西浜を軸に天を鏡の如く写す池のシンメトリー、その畏いほどの究極美。 そのスケールの大きさ深さといったら。。。。 構想十四年の、あまりの雄大さ優美さに心洗われた瞬間でした。 訪れた地は造営を決定するまで実に十四年の歳月を要したという。 京都市左京区の比叡山麓にある修学院離宮。 十七世紀中頃に後水尾上皇の指示で造営された王朝文化の美意識の到達点を示す。 上・中・下それぞれの茶屋の3つのゾーンによって構成されており、中でも神秘的ともいえる究極の美を見た恐ろしさを感じて身震いしたのは上の茶屋、隣雲亭でした。 とにかく被写体になる景色や茶屋が広大すぎてファインダーに納まりません。 見えるものは総てが自然のものなのに、室内に紅葉の照り返しが入るように計算された吊るし戸の角度など秀逸で肉眼に勝るものは無いと痛感しました。 質素なのに贅の極みの妖しの世界です。 ここまで大規模な離宮なのに、なんと厨房がないのです。 つまりは通いの夢幻世界なのです。 降りしきる秋のただ中にいた というよりは秋色に化けた神秘に覆われた畏さのただ中に身を置かれた そんな朝でした。 #修学院離宮 #後水尾上皇 #比叡山

ほんとの嵐山

すいば42 嵐山は京都観光で人気の名勝地。 と書いても抵抗を感じる人も少ないですが、実は山の名前なのです。 渡月橋の南に見える一番近くに見える山が嵐山という山です。 標高382mで、名の由来は、もとは荒樔山(あらすやま)と呼ばれていたのが転訛して嵐山となったと言われています。また紅葉などが風に舞い散らされるさまから嵐山となったとも言われます。 今朝は左(北)岸からの散策です。 京名所は京都人より他所の京都通の方が詳しかったりするものです。 すいば26四条の西の果てで四条の西の果ては「松尾大社」と言いましたが、 三条の西の果てはご存知でしたか? 渡月橋北岸の通りが三条通です。 保津川下りの終点付近には大堰川(おおいがわ)で舟遊びする舟がたくさんあります。 そのまま北進した突き当たりに有名な天ぷら屋さんがあり、そこが三条の西の果てです。 大堰川を見下ろすうち、屋形舟に乗ってみたくなりました。 亀岡から保津川下りしてきた舟とも遭遇します。 下流の方へ向かい舟は帰路につきます。渡月橋です。 京都の西の端に居ながら東山が一直線に見渡せる場所、それはここしかありません。 渡月橋の見た目は周囲の景観に溶け込むような木製に見えますが、それは欄干部分のみで橋脚・橋桁は鉄筋コンクリート製。車が通ることを知らない人もいるようですが、2車線の車道が通っており、路線バスも渡月橋を渡ります。 また『渡月橋』は色々な境目でもあり、この渡月橋は南岸は西京区と北岸は右京区です。 また、京都は川の名前が急に変わることでも有名。 『渡月橋』より上流は大堰川、下流は桂川と呼ばれ、川の名前の境目にもなっています。

パナソニック創業100周年記念「CROSS-VALUE INNOVATION FORUM 2018」

11月3日、有楽町の国際フォーラムに見学に行きました。 パナソニックが目指す 具体事例をご紹介いたします。 旅館の女将さんが出かけることなく帯を購入したいという設定です。 こちら、本物の西陣織です。 この西陣織の色鮮やかさ・質感・風合いを、その場にいて手に取らなくても、この一点しかない帯を世界中の人にお届けしたいというお客様のオモイがあったとします。 それを具現化するためにパナソニックが蓄積してきた商品ガレッジから最新技術を抽出いたします。今回は成形技術・光学技術・回路技術・塗装技術を抽出して、この西陣織を立体サイネージとして表現することに挑戦しております。 どのように立体サイネージで形にするかと言うと、西陣織をスキャンして数値化します。 数値化して製品仕様を決定した後に、ものづくりの匠の勘や経験を蓄積したデータベースとマッチングすることによって、設計仕様と加工条件が自動に作成されます。図面のようなものを想像してください。凹凸がどれくらいだとかを設計して決定します。 次に加工手段を決定します。レーザー加工がいいのかイオンビームがいいのかなど、いろんな手段がありますが、具体的な手段を自動で決定して、加工プロセスのデータを工場に転送します。 工場では、加工点のデジタル化された状態を元に機械を制御して匠を超える精度と速度で加工します。これはレーザーにセンサーのようなものを付けて温度管理で凹凸がどれくらいあるかなど、常に見える化してデータがずれると機械が管理します。 こちらがアクリル板にレーザー加工してインクジェットで色をつけております。 光をあてることにより写真と違って本当に目の前に

重陽

すいば41 『万葉集』には157種の植物が登場しますが、菊を詠んだ歌は一首もありません。 これは飛鳥時代・奈良時代の日本には菊がなかったことを暗示します。 菊は観賞用ではなく「不老不死の妙薬」として中国より伝来し、貴族に珍重されました。 『紫式部日記』九月九日(旧暦)に、関白・道長夫人より「特別にあなたに」と頂いた菊の綿(菊についた朝露を綿に浸み込ませたもの)を、「頂いた菊の露に私は若やぐ程度に袖触れるにとどめ、千代の長寿は花の主であるあなた様にお譲りしましょう」と和歌を一首詠みます。 菊の露 わかゆばかりに袖ぬれて 花のあるじに 千代はゆづらむ 今月2日、「おとなのひなまつり」と題し新たな重陽の節句の楽しみ方の宴がありました。 私どもも会場に菊の文様の帯を展示いたしました。菊の文様を身につけると長寿にあやかると言われています。 折しも、その帯が「二〇一八西陣きもの・帯フェスティバル」において京都市長賞を受賞致しました。 #重陽の節句 #紫式部 #菊 #五節句