なんばのおやまはん

すいば38 「玉蜀黍」 漢字で書くと、こうなるそうです。 これは16世紀に海を渡り日本へ渡来しました。 日本は島国ですから舶来品に強い関心を持ちます。 だから舶来モノに「唐」や「南蛮」の文字を冠す習慣がありました。 持ち込んだのはポルトガル人でした。 当時すでに中国から伝来していた「唐黍(もろこし)」に似ていました。 舶来のもろこしなら「唐唐黍」となるので、別の漢字「蜀黍」に変え、黄金色の実が美しく並ぶことから「玉」(宝石)の文字をあて、「玉蜀黍」になったそうです。 呼び名も「唐のモロコシ」から「トウモロコシ」になりました。 しかし、京都では昔から「なんば」と呼びます。 トウモロコシの別名「南蛮黍(きび)」からきたらしいです。 地方により他にも様々な呼び名があると聞き、もっと驚きました。 ところで「おやま」。 「女形」や「女方」と書きますよね。 歌舞伎において若い女性の役を演じる役者を指す言葉ですね。 要するに、本物の「女」でないものが「女」の形をするという意味にとっていいと思うんです。 おばあちゃんが、いつも夏の時期、なんばを焼いてくれた後、数日干しておいたなんばの皮を数本束ねて縫い糸と「こんばさみ(糸切りばさみ)」を持ち、綿を詰めて一人こつこつと作っていたのを懐かしく思い出します。 方言も習慣も伝統も、気が付けばどんどん消えてなくなっていってますよね。 「コーン」なんて呼んでほしくないですねw #なんば #おやま

地蔵盆

すいば37 鉦を鳴らし町内を練り歩くと地蔵盆の幕開きです。 町内会長を仰せつかりました。 18日は町内の初行事・地蔵盆でした。 30軒しかない小さな町内も独居老人もお亡くなりになり27軒の世帯数に落ち込んでの船出ですが、私の子供の頃の賑わいを取り戻せないかと思います。 よく他府県の方に京都のどの道にも必ずお寺があるというのは本当か?と尋ねられます。 本当だと思います。 が、意外に知られていないのが、もっと数あるお地蔵さんだと思います。 明治初期の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の動きに伴い、市内でも多くのお地蔵さんが撤去されたそうですが、明治中期以降に土中から掘り起こされ、「地蔵盆」は復活したのです。 町内会長は二度目で前回は5年前。 それまで我が町内の地蔵盆は毎年8月15日に催していたものを、夏休みの旅行や里帰りで主役の子達が不在になるというので毎年日程を変えようということになった第一回目でした。 子供会は中学生までですが、外孫さんの参加を入れ20人程になりました。 折しも「京都をつなぐ無形文化遺産」第3弾として「京の地蔵盆」が認定された年にも当たり変化を厭う老人もいる中、格好の追い風になりました。その時上京区役所内にあるカミングという上京区を取材して回るところから「子ども達の幸せを祈って~ 京都の伝統的な地蔵盆をたずねて訪ねて 」というテーマで取材を受けました。 子どもと子供 子供と大人 大人と大人 地蔵信仰という宗教的な性格を持ちながら,町内安全や子どもの健全育成を願う町内の行事「地蔵盆」は地域コミュニティの活性化に重要な役割を果たしてきました。 「地蔵盆」は子どもたちにとっ