季重なり

すいば27 四月の天候は気まぐれです。 今日は真夏日じゃないですか? 来週また気温が下がるようですが。。。。 遅い食事に出かけました。 通された本館向いの池の端の離れ。 木戸をくぐると 色鮮やかなトンネルを巡ります。 紅葉と見紛う背丈の樹木一面の花。 霧島躑躅なんですよ。 わたくしの「すいば」です。 ここは「錦水亭」。 この時期、たけのこの旬と躑躅の見頃とが重なり、席が取れないのです。 だから本日、午後三時の昼食と相成った次第でございますw 俳句では季語の重なりは嫌われるようですが、ここではチョ〜人気のようですw 通されたのは長岡天満宮の八条ケ池に浮かぶ離れの角部屋。 向こうに天神さんの鳥居と参道。 窓を開けたら暴風が吹き荒れて、あわてて障子を閉めたほど。 風で地震のように座敷が揺れていたのですよ、大げさじゃなくって^^; この池に張り出た建物、釘を一本も使ってないので百数十年も生きながらえているそう。 現在の消防法では許可されず、焼失が禁物だとか。 そして、このわたくし「たけのこ」は食わず嫌いと申しましょうか「大っ嫌い」な食い物なのでございます。いや、ございました^^; なんでも朝掘りした筍は米糠も入れずに湯がくだけだそうです。アクが出る前に。 朝堀りの筍を料理して出すので、信じられないほど、甘く柔らかく香り立つ筍三昧の料理。 これじゃあ食わず嫌いなんて言ってられやしません^^; 俗に言う「京たけのこ」とは、ここ長岡京の筍のことです。 真っ白な京美人でお刺身にも向いています。 「美味でございます」^^ 食事後、天神さんにお詣りして、先ほどの離れを見渡す。 この界

四条の西の果て

すいば26 京のメインストリートは四条。 東の突き当たりはご存知時、祇園さん(八阪神社)ですね。 それでは西の果ては? 渡来人秦氏が一族の氏神として信仰した古い社。 大山咋神・市杵島姫命を祭り、境内に霊亀ノ滝、亀ノ井の名水があり、酒造家の信仰が厚い。 初めての本殿建立が大宝元年(西暦701)とされますが、それ以前から松尾山の山頂で祭祀が行われていたというのです。 松尾大社のご祭神は大山咋神と市杵島姫命です。 古事記では、大山咋神は松尾山大杉谷に降り立った神様だと言われています。 秦一族は酒造が特技だとされたことから、松尾山の神様はお酒の神様だと言われるようになり、現在でも酒、味噌、醤油、酢などの醸造関係者から厚い信仰を集めています。 わたくしは、この季節、ここ松尾大社の楼門を潜ってすぐの場所が好きです。 冬の大寒波から一転、春満開です。 これだけの山吹の群生は圧巻です。 偶然にも真横に積まれた酒樽は「佐々木酒造」。 俳優・佐々木蔵之介さんの実家で、実は京都・洛中に現存する唯一の蔵元なのです。 山吹の群生を帯の文様に採り上げたのも、ここ松尾大社の山吹でした。 万葉集にも詠まれた古来から好かれる美しい花です。 #四条の果て #渡来人秦氏 #松尾大社 #山吹 #酒の神様

やすらへ花や

幼い頃から慣れ親しんできたものって心に残るもの。 「やすらいさん」って地元では親しみを込めて呼ぶんです、この祭の名。 花や咲きたる やすらい花や〜 ♪

三尾〜槇ノ尾

すいば24 三尾 〜槇ノ尾 洛中洛外図屏風の左隻一番上に高雄の観楓図(かんぷうず)があります。 一番上すなわち洛中洛外を見渡す位置から一番果てになるわけです。 京都の市街地から、日本海に抜ける周山街道の入口近く、清滝川沿いに高雄(高尾)、槇ノ尾(まきのお)、栂ノ尾(とがのお)と続き、古来より紅葉の名所として名高い。 高尾山神護寺、槇ノ尾山西明寺(さいみょうじ)、そして栂ノ尾山高山寺で、この連なる三つの山を総称して三尾(さんび)と呼びます。 でも春の京都市内の桜が散りかけるこの頃、槇ノ尾山・西明寺の裏山の三葉躑躅の群生は見事で、遅い山桜と同時に観られることからも訪れた者を圧倒します。 なによりも桜の時期の休日というのにこの辺りの人出は少なくゆっくりできます。 こういう楽しみ方もいいものです。 #三尾 #槇尾 #周山街道 #洛中洛外図屏風 #清滝川 #西明寺 #三葉躑躅 #桜

春の幕開き

すいば23 開幕ベルが鳴り舞台幕と両側桟敷の幕が上がる。 桟敷上手には黒紋付の地方(じかた)、下手の桟敷には舞妓が並ぶ。 だが正面舞台には誰もいない。 ♪みやこをどりは~♪ 黒紋付の地方の一人がきれいな声を張り上げる ♫よ~いやサ~♫ 立方(たちかた)であるはずの黄色い可愛い声がいくつも重なり合う が姿が見えない。 お囃子が始まると舞台の両花道から舞妓が列をなして舞いながら中央舞台にゆっくり向かって進む。 久々に今日の春の日和の中、出かけました。 しかも念願の桟敷ですよ! ゆったり三人っきり。 他の桟敷は気の毒に鮨詰め状態で、詰め込まれた人は直立でご覧になってました。 なんでも二階下手のこの桟敷、都をどりの制作に関わるおっしょはん(お師匠さま)が舞台を確認される場所とかで、生意気にも着物姿のわたくし目は関係者の眼差しが集中して晴れがましいことこの上なし(●>艸<)照れるナ♪ 普段、芸妓は島田の鬘(かづら)ですが、都をどり期間は地毛で髪を結ってる。 都をどりが終わるとショートヘアにする人もいるようだけど、をどりが近づいてくると伸ばし始めるそうだ。 舞台の囃子の芸妓も皆、地毛で結っているので要注意なのである。 お茶席では芸妓はんの髪もしっかり見なくては! なお、この菓子皿は持ち帰ってもいいことになっている。 我が家も色違いの団子模様の皿をコレクションしていたりもする(*▼▽▼*) 都をどりは、明治五年に始まり八十年にわたり伝統を伝えてきたが、戦争でやむなく休演。 戦後の復興と共に都をどり再開の声が高まり、七年ぶりに再び往年の艶姿を現すこととなる。脚本